2021年3月20日(土)-4月11日(日)*月火曜日休廊
正午ー午後7時(日曜日は午後5時まで)
Goki & Artists 2021 Spring
2021年2月27日(土)-3月14日(日)
横尾忠則はなぜ生まれたのか
横尾さんはパワフルだ。
いつもいつもずっとずっとパワフルだったし、これからもきっとパワフルなんだと思う。
少し時が違っていたら世に出なかった人なのだろうか?
私はそうは思わない。
横尾さんに対する知識が全くなくて回顧展を見たら、同じ人の作品だと思えないほど、作風は違ってきている。ずっと横尾作品を見続けているからなのどうかはわからないけど、私はそれが違和感なく受け入れられる。
息を吸うように時代を受け入れ、息を吐くように作品にする。
時代に合わせようとか、合わせなければという無理が全然ない人ではないだろうか。だからこそ素直に時代を反映した作品になるのではないだろうか。もちろん制作の苦悩はあるだろうけれど、とても素直な人なんだと思う。
「うろつき夜太」も「デジタル版画」も自分にとってその時代の一番楽しい作品創りをした結果なのだろう。
まだまだもっともっと絵を描き続けるんだろうな。
獅篭落語会のお知らせ
すでにFacebookページやTwitterからお知らせしておりますが、下記のよう「獅篭落語会」を開催いたします。
またゲスト日替わりです。
15日 立川こしら
16日 立川こしら
17日 立川こしら 旭堂鱗林
18日 旭堂鱗林
21日 旭堂鱗林
23日 旭堂鱗林
*ゲスト随時更新予定。
※定員…各回ご予約10名(ソーシャルディスタンス確保のため予約制)
田名網敬一ー横尾忠則の時代
1970年代は華やかだった。
雑誌を開けばショッキングピンクや蛍光色にあふれていた。そんな色をこれでもかと詰め込んだようなヴィジュアルをサイケデリックともてはやした。ヒッピー文化が最高にかっこよかった。横尾忠則さんも田名網敬一さんもサイケの旗手のような存在だった。あの頃のポスターは今見ても私なんかは「いいな」と思うのです。
さてその田名網さんの版画集。
バブル経済もほぼ終焉という頃、版画集「森の祝福」は出版されました。オール特色オフセット30枚セット。特色(4色分解ではなく全部の印刷インクはインクの状態で色を作る)という贅を極めた印刷です。何色あるのか数えたけど途中で分からなくなるほどの色数でした。鮮やかな色を表現するにはこれが一番なのです。
そして極めつけはその鮮やかな色に負けない造形力。これは実物を見ていただくしかありません。
作品の下に置いてある箱の中に今も15点ほどの版画が入っています。
運が良ければご覧いただけます。
宇野亜喜良ー横尾忠則の時代
宇野亜喜良さんと横尾忠則さんも深い仲です。
1964年原田維夫と3人で「スタジオ・インフィル」を設立し一緒にグラフィックデザイナーイラストレーターとして活動をすることとなりました。
そこに起こったエネルギーはどんなものだったか。日本が世界に追いつけ追い越せの時代です。ただでさえ熱い時代にこんな3人が一緒に仕事するのですから、さぞかしひりひりするような時間だったことでしょう。
現在80代も後半だというのに全く衰えないお二人の創造力には、今も驚かされるばかりです。
休廊日ー横尾忠則の時代
「横尾忠則の時代」展は変則的スケジュールにさせていただいています。
明日3月29日(月)と30日(火)は休廊日です。
大変申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
早川良雄ー横尾忠則の時代
昨日紹介した灘本唯人さんは早川良雄事務所で早川先生の片腕として力をつけていったという経緯があります。早川先生も関西のご出身ですから当然横尾忠則さんとの接点は多くあったと思います。
この作品は晩年にできる限りの作品のアーカイブを制作するという目的でできるかぎりのデジタル化をしました。その時に一部デジタル版画(レプリカ)にして展覧会をした時の1点です。
当時の最高の技術を駆使したもので原画と見まごう再現性は今でも驚きます。
灘本唯人ー横尾忠則の時代
横尾忠則さんは兵庫県西脇市のご出身です。
高校卒業後神戸新聞のデザイン部で働くのですが、そこに推薦したのが灘本唯人さんなんだそうです。
グラフィックデザインの黎明期だった。
「横尾ちゃん、東京に行かなくちゃだめだね。行こうか。」と灘本先生がおっしゃったかどうかは知りませんが二人は東京を目指すことになるのです。
関西から日本のグラフィックデザインを見つめて上京し、以後お二人ともトップを走り続けたのでした。
灘本先生は亡くなられて間もなく5年になります。
横尾さんより少し年上できっと上京後も何くれとなく気を使われたのではないでしょうか。灘本先生とはそういうお方でした。
横尾さんの視点がグローバルなら、灘本先生は昭和の人情みたいなものをよく見ていらっしゃったように思います。
デジタル版画ー横尾忠則の時代
横尾忠則という作家は好奇心の塊みたいな人だと思います。
プリズムでの2回目の個展はデジタル版画の展覧会でした。
2002年のことです。今から約20年前、デジタルも版画として流通し始めたころのことです。当時新しい技法だったデジタルでの制作にわくわくなさっていたに違いありません。
デジタル版画、ジークレーとも言いますが、単に手描きの作品をスキャニングして版画としている場合もあります。しかし横尾さんのこの作品は本当の意味でのデジタル版画です。写真や手描きした部品をコンピューターに取り込んでそこから作品として構成していくという手法です。だから手描きの元絵というもはありません。つまりコンピューター上で制作をしているのです。
普通版画にはエディションナンバーというものがあります。〇/△、△枚刷ったうちの〇番目です。という意味ですがこのシリーズには通し番号しかありません。
すでに大家となっていた横尾さんの作品は安くは手に入らなくなっていました。多くの人に持っていただきたいということから、欲しい人がいれば何枚でもプリントします。という理由から通し番号になっているのです。だから価格もずっと上げないと決まっているのです。
ただしオファーがあればその都度プリントするのですが、色調に関しては毎回ご自分で監修し、時にはかわることもあるということです。
事実、この展覧会はニューヨーク、ロサンゼルス、東京、名古屋と開催されたのですが「最後の名古屋でやっと赤が納得のいく色になった」とおっしゃっていました。日々刻々心は変化します。今はまたきっと違う赤が横尾さんの心にあるのだと思います。
20年前の一番をぜひ見てください。