令和少女の憂いー登龍亭獅篭展2

コロナ騒動で一番辛かったころに描いた絵だそうです。

描いた絵を破ってみたり、水につけてみたり、今思えば随分なことをしたなぁと思うのだけど、あの頃の自分らしいと獅篭さんは言います。

落語家としての仕事はどんどんキャンセルになり、どうせまたという卑屈な気持ちになっていたころだった。これは飲食店の方も時々おっしゃることなのだけど、電話が鳴るのが怖かったと。

仕事のキャンセルって自分を否定されたような気持になります。
あの頃実は多くの人が経験したことなんじゃないでしょうか。
「実店舗は休業するように」という上からのお達しは私も精神的にきつかった。
獅篭さんと私だけではもちろんなく、リモートで仕事してくださいと言われたデスクワークの人だって同じ気持ちだったんだと思います。

現在蔓延防止を言われているし、愛知県だって緊急事態宣言が出る可能性が高くなってきています。またあの時と同じかとうんざりもしています。令和少女もまた同じ表情をするのかもしれません。

あれ?・・・令和少女はもしかしたら獅篭さん自身なのかな。

それだけじゃないね。少しだけわかってきたことは、憂うる令和少女はみんなの心の中にもいつもじゃないけどいるんだなということ。
それがわかったから少しだけ強くなれるような気がしませんか。

令和少女ー登龍亭獅篭展2

「獅篭さん、少女好きなんですか?」とあるお客様が獅篭さんに質問しました。私もお聞きしたかったことではありましたがそれを聞くには微妙な・・・いえデリケートな内容だと思いお聞きするわけにはいかなかったのに、全くズバリな質問をなさった方がいらっしゃいました。

すると「いやぁ、僕にとっては何だか得体のしれない存在なんですよ。もう、理解不能というか・・・。」とお答えになったのです。それなら何だか少しくらいわかる気がしました。

ある意味少女は最強です。
この子たちの目を通したら世の中はどう見えるのか?

何の衒いもなくまっすぐこちらを見据えてくる視線には何だかしどもどしていまいそうです。子供の向けてくる視線とも少し違い世の中をちょっとだけ知っているという彼女たちだから大人にとっては始末が悪い。

獅篭さん、彼女たちに何を言わせようとしているのですか?

ぷりてぃ地獄ー登龍亭獅篭展2

「ぷりてぃ地獄」は長い長い巻物になっています。1つ1つの絵に日付けもあります。

1つ目の絵は1月1日という日付です。
2020年6月に個展が決まっていたので、その日から毎日地獄の絵を描くと新年の誓いを立てたのです。気持ちの充実が感じられます。描いた絵は毎日Twitterに投稿もしていました。

かわいい女の子が悪いことをした人を懲らしめるという地獄です。だから「ぷりてぃ地獄」。それぞれの日付は「○○の日」と決められている記念日にちなんでいます。

順調に描きすすめていると、中国で妙な病気が流行っているらしいというニュースが流れ始めました。あれよあれよと世界を駆け巡り始めたコロナ。獅篭さんはコロナが憎くて、やがてコロナをやっつけるという絵になってきました。

2月も中旬以降になると自身の落語家としての仕事のキャンセルが毎日のように入るようになってきました。どんどん追いつめられるように精神的にまいってきます。

4月には雷門から登龍亭に変わるお披露目もあるというのに、それも危うくなってきました。獅篭さんはこの一門のトップです。自分ひとりの問題ではありません。このときの重責は想像のしようもないほどの重さだったに違いありません。

そしてとうとう3月29日獅篭さん世代には絶大な人気だった志村けんさんが亡くなりました。お笑いの大先輩でもあり神にも近い存在だっただろう志村けんさんです。本当にショックだったと言います。追悼の地獄を描き、3月31日まで描いたところで、もうこの世が地獄なんだから自分にはこのシリーズは描けないと、筆を折ったのです。

そしてその後落語も中止になり、個展も延期になりました。

そういう経緯でのシリーズです。
改めてこのシリーズを観てみると、獅篭さんでさえ「心病んでいることがわかるなぁ」としみじみつぶやいていました。

軽いタッチでくすっと笑える絵のはずでしたが・・・。

こんなところも見ていただくと共感できるのではないでしょうか。

 

令和少女と地獄シリーズー登龍亭獅篭展2

落語会の詳細を先に掲載しましたが、登龍亭獅篭展2の概要をお伝えします。

作品としては「令和少女」と「ぷりてぃ地獄」
漫画家獅篭の得意なタッチではありますが、ここ1年の獅篭さんの心情が赤裸々に表れています。そのことについては追々ブログの中で明らかにしていこうと思っています。

そして、たくさんのグッズ。
獅篭さん器用なんです。たくさんのグッズをB級センスで制作していることにびっくりします。

絵もグッズも落語(あえて最後に持ってきました)も同じ感性で表現しているところに、獅篭さんの魅力があるのだと思います。

毎日落語会ー登龍亭獅篭展2

この展覧会では、ギャラリーの営業時間が正午スタートはいつもと同じですが終業は午後5時までです。そのあと午後6時から毎日落語会を開催しています。(有料・要予約)

落語家登龍亭獅篭さんの個展ですから落語をきいていただいてこそ彼の作品をより深く理解できるというものです。

初日の15日(木)は前座登龍亭獅鉄さん、ゲスト立川こしらさん(18日まで毎日出演)、そして当人獅篭さんの3人が登場でした。ゲストは飛び入りということもあるかもだそうです。

出し物も毎日日替わりで何が飛び出すかプリズムも知りません。ワクワクドキドキの時間です。昨日獅鉄さん「新作鉄道物」こしらさん「幇間腹」獅篭さんは「初天神」でした。

入場制限をして(10名まで)感染対策もしております。
そのため予約をいただいております。大変お手間をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。

052-953-1839
withsns.prism@gmail.com

*17日(土)は満席です。

登龍亭獅篭展2ー初日

「登龍亭獅篭展2」絵の描ける落語家登龍亭獅篭さんの個展です。

昨年6月にこの展覧会を予定していましたが、COVID-19の蔓延で延期にしました。実に10ヶ月の延期です。それなのに、ここ数日第4波とかまびすしく・・・しかしあの時とは違っています。あの時もギャラリーに営業自粛は言われていませんでしたが、獅篭さんのホームグラウンドである大須演芸場が閉鎖していたことを受けての延期でしたが、今回は演芸場も通常なので前に進むことにしたのです。

だからといって、感染しないという保証もなく・・・。
ただできるだけの態勢で臨むことしかできません。
こんな状況をご理解の上お出かけください。

落語家らしく世相を反映した作品の数々をお楽しみいただけたら幸いです。

また、毎日午後6時から開催される落語会(定休日20日最終日25日はありません)も定員10名(要予約・有料)です。お問い合わせの上お出かけください。
052-953-1839
withsns.prism@gmail.com

横尾忠則の時代ー最終日

「横尾忠則の時代」は本日最終日です。(午後5時まで)

激動の時代の中でそれぞれの作家の生き方が作品の中に生き続けていることが実感できる展覧会だったのではないでしょうか。

次回は4月15日から「登龍亭獅篭展2」を開催します。
落語家登龍亭獅篭さんの個展ですから、ぜひ毎日開催の落語会(要予約、有料)もお楽しみいただきたいと存じます。*20日休廊、休演

横尾忠則の時代ーバブル時代も

この展覧会の出品者5人は戦争も体験しているけれど、あのバブル時代も経験しています。

まさに天国と地獄。
どちらも狂乱の時代だったと言える。
強靭な体力と精神力を持って生き抜いたんだと思います。

ここにあるほとんどの作品はバブル期にかなり近い時代のものばかりで、田名網さんの版画集だって時代の恩恵の上での制作だった。

作品の大きさも今のものと比べると大きい。贅の限りを尽くした制作。こういうものが後世に残ることは実は大変意義深い。

作品はずっと形として残る。
作家の命が尽きても残る。
ありがとうございました、と彼方に頭を下げたい気持ちになる。

 

獅篭落語会ー豪華なゲスト

落語家登龍亭獅篭さんの個展が間近になりました。
個展とともに落語会も開催のことはすでにお知らせしておりますが、豪華なゲスト発表です。

15日 立川こしら(落語)
16日 立川こしら
17日 立川こしら 旭堂鱗林(講談)
18日 旭堂鱗林
21日 旭堂鱗林
23日 旭堂鱗林

17日は土曜日でゲストも2人、お席もあとわずかとなっています。

感染予防のためにお席は10人限定です。ご予約をお願いいたします。
052-953-1839
withsns.prism@gmail.com

獅篭さんの落語も出し物は日替わりの予定です。

落語会は15日(木)-24日(土)*20日休演 午後6時開演(5時30分開場)

入場料1回2,000円  2回3,500円  3回4,500円   4回以降は1回500

横尾忠則の時代ー戦争体験

「焼夷弾が落ちる中水槽の金魚が美しかった」という思い出が田名網敬一さんの作品には反映されているというエピソードがある。この話は私の中で特別なものとして残っている。人は時としてその状況とはかけ離れたその人だけが持つ強烈な感受性を発揮することがあるのだということ。

今回の出品者は全員戦争体験者である。
このことの影響が全くないという作家はおそらくいないのではないだろうか焼夷弾が落とされる中を逃げまどったり、今日の空腹を満たす術も持たなかったり。つまり生命の維持さえままならなかったという体験なのか、あるいは貧しくとも生命の危機にはなかったのか。それぞれの状況は違っていたのだろうけれど、みなその時代に生きた人々なのだ。

私にはその体験がないので確信がつかめないのだけど、とても気になる。
この展覧会を観に来てくださった方々と時代背景などの話をしていて、この5人の作家は確実に歴史の中にいた人々なのだと思う。それは古臭いという意味ではない。戦争はもちろんいけないことだけれど、これらの作品から教訓めいたことをくみ取ろうというのでもない。

あの日のあの時の感受性はずっときっと作品の中に生き続けていて、それはもしかしたら作者でも気づかないのかもしれないけれど。
もしかしたらこれはその欠片なのかもしれないと思うと、胸に迫るものがある。