千鳥が大半な高木伸彦さんの個展。
先日鳩も紹介しましたが、ペンギンもいます。
ペンギンも鳥だもの。
空は飛べないけど海の中なら空を飛ぶように泳ぎます。
本当はもっともっとたくさんの種類の鳥をプリズムの中に飛ばせたかったのかもしれませんね。
WHITE MATES bldg.1F 1-14-23Izumi Higashi-ku Nagoya Japan Phone052-953-1839
千鳥が大半な高木伸彦さんの個展。
先日鳩も紹介しましたが、ペンギンもいます。
ペンギンも鳥だもの。
空は飛べないけど海の中なら空を飛ぶように泳ぎます。
本当はもっともっとたくさんの種類の鳥をプリズムの中に飛ばせたかったのかもしれませんね。
当初、高木伸彦さんののこの個展では即売にしその様子もインスタレーションとして見ていただくという予定でした。そのため作品の最初のレイアウトはストーリーを持たせました。そのうえで会場からなくなっていく様も観ていただくことにしていたんです。
ところが3日を終えた時点でストーリーを持った展示はストーリー性を失いかけていたのです。新人作家としてこんなに嬉しいことはありませんでした。たくさんのお客様がお買い上げくださり応援の気持ちを表してくださったのです。
急遽追加作品を制作することにしたのです。
昨日その第一弾が焼き上がり新たに展示されました。
当初の計画通りにいかなかったのは申し訳ないことですが、経験の乏しい初個展ゆえの誤算です。お許しいただきたいと思います。
土曜日にもう少し追加の予定です。最後までみなさんにお楽しみいただけるよう髙木さんも頑張っています。お仕事などで今日は在廊しておりませんが明日から最後までの3日間は作家も在廊します。是非お出かけください。
高木伸彦さんの作品、今回は全部お皿です。
お皿ですからそこに何を乗せるかは所有者の自由です。
展覧会が始まってもうずいぶんたくさんの方の手元に作品が届いているのでどう使ってくださったかのお便りも返ってくるようになりました。
小さいものは3㎝くらい、大きくても15㎝以内です。
小さなお干菓子や和菓子、珍味などを盛りつけて楽しんでくださっている方がほとんどです。おいしそうなケーキもありました。
中には指輪やピアスなど無造作に置くと見失ってしまいそうなアクセサリーの置き場になさる方やデスク周りの細かいものを整理するのにお使いの方もいらっしゃいます。
良いデザインとは使い勝手がよく暮らしを楽しくしてくれるもの。
そこには使い手のモノに対する愛が一番必要なのかもしれません。
昨日、今回の高木伸彦さんの作品は技法としては比較的初歩的な方法だということを書きました。
私がギャラリーに関わり始めたころある作家さんの作品が好きだという話をしたことがあります。そうしたら別の作家さんが「ギャラリーに関わるものとしてこんなに初歩的な技法で作られたものを良しとするのはいかがなものか」と意見されたことがありました。その時はキャリア十分な作家さんからの言葉だったのでそういうものかと納得しました。でもそれが心のどこかに引っかかっていたのでしょう。ある時柳宗悦の書籍の中に「超絶技巧だけがいいわけではない」という趣旨のことが書かれていました。民藝の考えなのでクラフトの文脈とは必ずしも一致するとは限らないのですが、それでも心の中の引っ掛かりが少しすっきりしたのを覚えています。
髙木さんが昨日解説したたたら成形しかできないのではもちろんないし、器だってお皿しか作れないわけではない。
今まで見たことのない展示にしたいと思った時、壁だけに展示したいと思い、だったら絵の展覧会のようにテーマを掲げようと考えた。
観たことのないものを観せたい、その気持ちを私は大切にしたい。
そして髙木さんは新人作家。熟練の作家ではない。それでも今までずっとたくさんの展覧会を観て育ててきた目で手を補うべく展示の工夫をしてくださった。そこも堪能していただけると嬉しいです。
千鳥皿は陶器です。
300羽の鳥たちは千鳥ばかりではありませんが、ほぼ千鳥だと思ってください。
一羽一羽手作りしています。どうやって?
たたら成形と言う方法で作っています。
陶土を練った後平たく伸ばします。伸し餅のような状態にするのだと思っていただいたらよいでしょうか。
その板状の陶土に千鳥の木型(洋裁で言う型紙のようなもの)を置いて千鳥の形に切ります。
お皿ですから千鳥型の陶土の縁を持ち上げて皿状にします。
そこからは乾かして釉薬をかけて焼成。
そんな工程で千鳥はできるのです。
言葉にしたら何だか簡単そう。
まあ技術的なことを言えば陶芸としては初歩的な技法ではあるんです。
技法に関してはまた後日書いていくことにします。
それにしても300枚はなかなかの作業量だったはずです。
赤い千鳥でなんとなく丸ができています。
お正月ですからおめでたい日の丸(日の出)のようなイメージだそうです。
そのおかげでギャラリー内が明るくみえます。
これは全作品で構成されたストーリ―の一部ですがそれがとてもよく作りこまれていて見る側を楽しませてくれるのです。
その中にも青い鳥がいるのも示唆に富んでいます。
東濃地方は全国的に見ても陶器の一大産地です。
ただ土も釉薬もいろんな種類があるので特徴がないと言われてしまうこともあるのだそうです。
高木伸彦さんはいろいろな素材が手に入りやすいことを利点と考えています。
今回もいろいろな土や釉薬を使って制作しました。モチーフは鳥。それも大半は千鳥です。素材が違っても統一感があるのはそういうことなんですね。
釉薬の色も何色あるのでしょうか。とにかくカラフル。そのせいかいつもは人気の白を選ぶ方がちょっと少数派になっています。
「青い鳥」というメーテルリンクの童話はご存じのことと思います。
幸福の象徴青い鳥は身近なウチの中にいたというお話です。
身近な幸福は気づかぬうちにどこかに飛び去ってしまうことだってある。
そんなことをこの展覧会の展示ストーリーとして高木伸彦さんは考えました。
鳥のお皿は即売にしています。日々皆さんの手元に旅立つ作品。作品のレイアウトは販売の状況に任せるがままです。少しずつ変わっていくことは人々を取り巻く環境(物理的にも精神的にも)の変化にも似ています。
自分にとって大切な小さな青い鳥がいることを気づいてほしい。
青い鳥皿(とりざら)にはそんな意味も込めています。
もちろん青い鳥皿がここに残ったほうがいいという意味ではありません。むしろみなさんのお手元に幸福が行くことの方がずっといい。
もっと言うと、何も青い鳥だけが幸福なのではなくてどの色の鳥もそれぞれ幸福がある。みなさんのところに幸福が広がっていくことを願っています。
この展覧会は会場1つで「鳥の歌」というタイトルが付けられています。
スペインカタルーニャ出身のチェリストパブロ・カザルスが平和を求めるメッセージとしてこの曲の演奏後「私の生まれたカタルーニャの鳥はpeace、peaceと鳴くのです」と付言したことでもよく知られています。
その「鳥の歌」を心に高木伸彦さんはこの作品を作りました。
千鳥が主ですが、鳩も烏もペンギンさえもこの中にはいます。たくさんの鳥が自由に飛び回ることはとても幸せなことです。300羽近い鳥たちが思い思いに飛んでいる。
確かこれは陶器の展覧会。
陶器の展示に陶器の鳥が飛んでいる。いいなと思う。
いろんな色のいろんな種類の鳥が楽しそうに飛んでいる「鳥の歌」
「peace、peace」って聴こえますか?
昨日お伝えしたようにこの個展が高木伸彦さんにとって初個展となりました。
新人作家です。
ただ新人としてはなかなか遅いデビューなんです。
学生の時から陶芸が好きで知り合いの陶芸家の工房で教えも乞うていたのでしたが就職とともに土に触る時間や土に向かう心も少しずつ遠ざかっていました。それでもいつかちゃんと陶芸の勉強がしたいという思いは持ち続けていたのです。公務員を定年まで勤めあげと同時に当時の瀬戸窯業高校専攻科に入学し2年間勉強し、この春卒業して4年になるそうです。
私は専攻科に入ったときに「初個展はウチね」と髙木さんに言いました。髙木さんも周りもそれは単なるエールだと思っていました。だって作品もまだ作っていない学生さんに個展のオファーだなんて本気にするとしたら相当お花畑な人です。
なんでそんなオファーを出したのか?
髙木さんはもともとプリズム創業以来通い続けてくださったお客様でした。35年通って下さってたくさんお話しさせていただいていたので、彼の作品を観る目の確かさは良く知っていたし、彼がどれほど真面目で謙虚な人なのかも良く知っていました。
60歳を過ぎてから本格的に始めた陶芸。その手が二十歳そこそこからずっと続けている人にそう簡単に追いつくはずがないのは当然のことです。しかしいつかはちゃんと勉強するぞと心に決めて30年以上も展覧会を観続けてきた目を持っている人はそうそういない。そんな人が作る作品が面白くないはずがない。それが私の確信でした。だから6年前にオファーをしたのです。
6年前に「個展を」と言ったからといって「はい」と簡単には言ってくださいませんでした。当たり前です。髙木さんは思慮深い大人です。それでも1年ほど前に個展を開く決心をしてくださいました。残り時間などを考えてのスタートです。
髙木さん本人にとってどうやらこの個展は100点には程遠い展覧会のようです。厳しい目でいろんな展覧会を観てきた髙木さんが自分の展覧会にだけ甘い目にはなろうはずがない。でもね。どんな作家さんもみなさん「100点には程遠い」っておっしゃるんです。私は作らない人だから呑気なことを言ってしまって申し訳ないんですけど、「程遠い」って思うことがさらにいい作品を生み出すんですよね。あの北斎だって「あと10年長く生きたらもう少しましな絵が描けただろうに」って言うんですから。