Gokiの加藤裕之さんとはもう25年ほどのつきあいになるだろうか。
シャイな加藤さんは自分からはほとんどお話をなさいません聞かれればぽつりぽつりと話す程度です。これから書くことには私の記憶違いもあるかもしれませんが、ご容赦ください。
加藤さんは豊田市の市街地から少し離れたところに生まれたと言います。
自然の溢れる地でその環境とは少し違う都会的なファッションにあこがれ、名古屋モード学園でファッションデザインを学びました。
当時革命的なアンシンメトリックなデザインで世界中から注目を浴びていたファッションデザイナー山本耀司のところに入社します。
1980年ころ飛ぶ鳥落とす勢いのヨージ・ヤマモトに地方の専門学校出身の加藤さんが入社できたのは並大抵のことではなかったはずです。
「Goki」の名前の由来を聞かれることがあります。
「まさかゴキブリじゃないよね」とよく言われるのですが、残念ながら「まさか」なんです。「ゴキブリのゴキさん」なんです。
学生だった頃加藤さんはとにかくいつでも学校の中でファッションの勉強に没頭していた。他の学生から見ると「加藤君いつうちに帰っているの?」「お風呂入っている?」「ちゃんとご飯食べてる?まさかそのへんのもの拾って食べてはいないよね」・・・・「ゴキブリみたい。」・・・「ゴキちゃん」
そんな流れだったようです。
不名誉なあだ名でもありますが、ファッションに没頭していたという称賛に値するエピソードでもあったのです。
それでなければヨージ・ヤマモトに入社なんかできやしないんです。
そして名古屋で25年もファッションデザイナーとしてやってなんか行けないんです。
彼のファッションへの思いや努力はその後ずっとずっと続いたのです。昨年の9月に亡くなるまでずっとです。