
前回の個展のときのブログでも書きましたが、御囲章は生まれたときから弱視です。大きな作品だと自分の目で全体を見ることはできないそうです。
それでも大きな作品を作ります。作りたい。なぜか?
この作品「あいまいな憧れ」は2番目に大きい作品です。版木を彫るとき、作品の角から対角線に当たる角は見えないそうです。彫り進めているとこの作品の世界を自分が作り出しているなと実感します。視力が弱いところを手が補ってくれる。掘り出した線を手で確認する。自分が思い描いた世界がちゃんと掘り出せているかどうか目と同じように手が確認してくれる。彫り始めて完成するまで約一か月強かかりました。完成するとこの世界を自分が作り出したのだという達成感がある。長い時間をかけて制作しても絶対に飽きてしまわないだろうという自信があるアイデアだけを大きな作品にするとか。それだけに達成感は大きい。版画制作は止められないと思うほどの達成感。
美大受験のときたまたま出会ってしまった版画の世界はつくづく自分に合っていると御囲さんは今思っています。希望していた洋画科に進んでいたら手で絵を確認することはできない。
彫りあがった線を手で確認するという作業をする人はそういない。棟方志功くらいなものだろうか。御囲さんの作品は棟方のように激情的ではない。もっと冷静な線と面で構成されているが心の中に秘めている何かは同じ種類のものなのかもしれません。
小さい時から絵を描いてきました。プリズムの作家でもある百瀬博氏は御囲さんの幼少期からの師匠です。なぜご両親が氏で絵を描かせてくれたのか今ではわからないそうですが、以来絵から離れようと思ったことはないそうです。目のハンディで困ったのは遠近感を出す工夫と大きな作品の完成が見えないことくらいだそうです。
少しシニカルな作品を制作できる喜びも見てください。









