時を忘れる(2)ー百瀬博絵画展

昨日紹介した作品とモチーフは同じ構図も左右逆転はしているもののほぼ同じです。でも随分雰囲気が違います。色は少しダーク気味だし、何より天使の羽が薄くなっています。

「羽が薄くなっていますね」と言うと百瀬さんは驚いたように「本当ですね。言われるまで気が付かなかった。羽を薄く描こうとは全然思わずに描きました。このくらいがバランスがいいなと思っただけなんです。」と。

そんな会話の後全体を見回してみると近作の天使の羽が少し薄くなっていっているように見えました。ここ2年ほどの作品ばかりですがそれでも2年前より羽が薄くなっている。はっきり薄くなっているというわけではないのですが。

人の心は劇的に変わることもあるけれど、日々ほんの少しずつ変わっていくものでもあります。変わらないようでやっぱり変わっていく。

百瀬さんにとって羽は何なんだろう。モチーフにストーリーが無いと本人は言いますが・・・、無意識のストーリーはやっぱりあるのかなぁ。

一日の終わりー百瀬博絵画展

この個展で一番大きな絵です。50号。

横向きの天使の手に小鳥が留まっている。あるいは天使が手に小鳥を乗せている。天使は小鳥を見つめる。
と言うモチーフ。

モチーフ自体はここ2,3年に出てきたものです。

モチーフにストーリーはないと百瀬さんは言うけれど、このモチーフには何かある。何かあるというよりモチーフそのもにストーリーを観ないわけにはいかないという気にさせられる。

天使には緑のカバンはもちろん頭の小鳥のお面もなくなっています。
そうやって少しずつモチーフも変化していきます。モチーフの変化は百瀬さんの中にある造型性の問題だということです。

モチーフとは別に色の変化もあります。今回は黒バックが多いことも変化の1つです。黒なのに柔らかいのも百瀬さんらしい。

 

 

誰も知らない場所へ(6)ー百瀬博絵画展

百瀬博さんは大の猫好きです。お宅の猫に限るのかな。

みち代さんがお友達から譲り受けた猫2匹を「僕の方が寝心地がいいらしくて毎日一緒に寝てるよ」って。すっかり猫たちのお父さんになっています。

猫に乗っている天使が手を前にあげているのはなぜか聞いてみました。
「この姿勢でないと造形的にうまくないんですよ」
さすがにこの手には何か意味があるに違いないと思ったのですが、そこにストーリーはないというのです。

ただこの天使の顔の角度はこれしかないというところを探りに探ったのだそうです。角度が変われば絵の意味が変わるとさえおっしゃいます。

猫に乗った天使。
深読みしなくてもかっわいいたっのしい、でいいかな。

よいことがあった(2)ー百瀬博絵画展

10年ほど前の個展のとき「最後に天使が降りてきたんだ」と嬉しそうに話してくれた百瀬博さんを覚えています。

10年のうちに初めは首から下げていた緑のカバンが無くなっている。なぜかなと思っているのですが、もう個展が始まって6日もたちたくさんお話を聞かせていただいていると、どうやら造形的にカバンが要らなくなったということらしい。

今回のブログで何度も書いているようにモチーフそのものには造形的な必要性はあるけれど心情的な示唆は無いというのが百瀬さんの絵なのです。だから緑のカバンに絵のストーリーとしての意味を見つけようとしなくてもいいのだということがやっとわかってきました。

天使もそうです。天使は形としての必要性はあるのだけど10年前のあの日別の形が百瀬さんの心に降りてきたとしたらそれが重要なモチーフになっていたのかもしれません。それ本当?

それでも天使でない別の何かはありえたのだろうか?多分それはない。やっぱり天使でなければいけなかったはずです。天使の向こうにある百瀬さんの心が天使を通してしかストーリーになりえなかったのだから。

なんだか言葉遊びをしているようで申し訳ないのだけど。

悲しいことも嬉しいことも辛いことも絵の中に描きこんで塗り込んで楽しく美しい絵に仕上げることが今の百瀬博さんがしたいことのなです。

楽しい思い出(1)ー百瀬博絵画展

百瀬みち代さんを知っている方はたくさんいらっしゃることと思います。
古布で洋服を作る作家さんの百瀬みち代さんです。百瀬博さんとみち代さんはご夫婦です。

みち代さんは10年近く前に制作で手と目を酷使したのが原因で不具合が生じ作家活動を一時中断されました。なかなか復帰できないまま別の病気が見つかり、昨年の5月に復帰を果たすことなく逝去なさいました。

博さんとみち代さん、本当に深い絆で結ばれたご夫婦でした。
長くお互いを支え合って制作を続けてこられたお二人ですから、博さんの落胆も推して知るべしです。

葬儀のお知らせをいただいたときに、博さんから「このことは自分の口からみなさんにお話しできる日まで内密にしてほしい」と伝えられました。

昨日のギャラリートークで初めて博さんの口から訃報をみなさんに伝えられました。ということでプリズムもみなさんにこのブログからお伝えすることにしました。

さてこの個展のタイトルです。
「一人の私の一日の時間」
百瀬博さんはご自宅のアトリエで絵を描き絵を教えるのがお仕事ですし、みち代さんもご自宅で洋服を制作する日々でした。寝食を共にするという言葉がありますが、三食ほぼいつも一緒という生活はまさに言葉通りの日々。お二人のお子さんもすでに別の場所で生活していますので、みち代さん亡き後は博さん一人の生活となったわけです。

みち代さんは博さんが気落ちして絵を描く気力を無くすことが心配だったのでしょう。何度も何度も「私がいなくなってもちゃんと絵を描き続けてね」とおっしゃったそうです。
博さんはその約束を破るのだけはだめだとこの1年必死に絵を描き続けたのです。夜中に一人で描いているときにどこかでコトリと音がする日などみち代さんがいるなと思いました。そのうち絵を二人で描いているように思うようになったのです。

自分の思いがうまく描けると「いいわね」とみち代さんも言ってくれてるような気がしました。

「わあきれい。楽しい。」とみち代さんに言ってもらえるような絵を描きたい。今はそう思うそうです。

これからも二人で絵を描き続けてくれることと思います。

この絵は多くの方に「みち代さんに似ているね」と言われます。
この天使にはみち代さんがお作りになった洋服を着せています。
ほかにも何点も天使に残されたみち代さんの洋服を着せています。
そんなところもご覧ください。

少しだけお願いです。みち代さんの訃報はギャラリートークで公言されましたが、博さんの悲しみがなくなったわけではありません。だからこれからもお悔やみの言葉は不要だそうです。プリズムからもお願いいたします。

 

 

ときどき想う(2)ー百瀬博絵画展

この少年の絵も随分前から描いているモチーフです。

小学生だった百瀬博さんのクラスメートで特別仲良しだったわけでも印象深い思いでがあるわけでもないのに、こんな姿勢で教室の自分の机のところにいたのを覚えているだけなのだそうです。

この少年を通して描いているストーリーはいつも違っている。描いているうちにその時心の中にある何かを形にしたくなる。

今回は顔の角度と目の位置を決めることが重要なポイントだったそうです。

この絵を描きながら出来上がった百瀬さんのストーリーはあるのだけれど、見る人がそれぞれストーリーを観てくれたらそれが一番だそうです。言い換えれば絵とお話しするっていうことです。作家は作家で絵とお話ししながら描いている。

あ、そうそう、モチーフの少年、前回までは天使の翼は無かったし頭に鳥のお面も無かったよね。

なにげない風景ー百瀬博絵画展

スペインの風景です。

百瀬博さんの画家人生はスペインから始まりました。
日本の美術大学へは行かず、スペインで学びたいとかの地に渡ったのは20代前半のことでした。

たくさんの希望を胸に、時にはなぜこんなに遠くまで来てしまったのだろうと不安に思ったり。いいこともそうでなかったこともすべてこの地に行かなければなかったこと。

スペインをずっと描き続けるのはあの日の瑞々しい気持ちを今もどれだけ持ち続けていられるのかと自分に問いかけるのだと。

百瀬さんが描くスペインは実際にある風景ではないのです。この建物もこの木も彼の目で見たものではありません。でもこれは間違いなくスペイン。百瀬博の心の中にあるリアルなスペイン。

あの時のスペインが今も心の中に生きているかどうかを知るために描く百瀬博のスペインです。

道の物語ー最終日

「道の物語ー絵本作家ながおたくま出版記念原画展」は本日最終日です。(午後5時まで)
強く優しいながおたくまさんの世界をお楽しみいただけたことと思います。

次回は「一人の私の一日の時間ー百瀬博絵画展」を5月30日(木)-6月9日(日)*火曜休廊で開催します。6月1日(土)午後5時よりギャラリートークも開催します。(予約不要・入場無料)是非お出かけください。

技術を生かす―道の物語

ながおたくまさんはベタ塗り(決めた範囲内を一色で隙間なく塗る潰す技法)がうまい。本当にムラがないんです。

35年のプリズム運営期間で3本の指に入るうまさです。
これってすごいことなんですが、パソコンが普及しこの技術はあっというまにパソコンが代わりにやってくれるようになったので多くのデザイン業界人にとってそれほど必要な技術ではなくなったのは事実です。

ながおさんがあまりにこの技術がすごいので多くのお客様から「これはパソコンで描いたのですよね」と言われる始末です。それくらいうまい。

確かに技術が優れていてもそれを使って何を表現したいかが重要でそれに重みがなかったら「うまいね」で終わってしまうものです。
表現したい何かがあってそれに優れた技術が加わればそこには大きな説得力が生まれる。逆に言えば表現したい何かに技術が伴わなければ説得力が損なわれる。

ながおさんは全部手描きで原稿を制作します。パソコンで描いてもいいのですが、手描きにこだわる。そこにこの絵本の温かみが生まれるのです。それがながおたくまの説得力。

さっき書いたようにながおたくまパソコン疑惑がありました。それを払拭すべく今回の絵本では完璧なベタ塗りの上に色鉛筆で少し描き加え手描き感を出すように工夫しました。この絵で言うと水面の波や岸辺の草の部分です。
それだってベタ塗りが完璧だからこそ効果的なんです。

ながおたくまは進化する。これからもずっとずっと進化し続けます。

道がない!?―道の物語

「道の物語」にはどのページにも道があります。「道」が主役でもありますから当然なんですけどね。でもこのページには道がありません。

なぜ?

「道」はどこかに行ける。「道」を歩くとはどこかに行くという意思を持つこと。

「道」がないこのページにはながおたくまさんの1つの思いがあります。
それは1人で生きる道は意思が必要だけど、たまには流れに身を任せてみるのもいいんじゃないかな。いつも強い気持ちをもっているのはいいことだけど疲れてしまう。「道」のないページ行かなければならないどこかがないページ。

小舟に寝転がってどこにたどり着くのか、そんな日があってもいい。