恋椿(椿/ワビスケ)ー高北幸矢鉛筆画展2

椿の中でも侘助は小さな花が咲く種類です。
が、この絵はこの展覧会の中で一番大きな絵です。もちろん本物より大きい。
その心は会場で本人から聞いくのがベストです。

この絵もあの絵も全部三菱鉛筆UNIのB一本で描いてあります。
鉛筆画の作家の多くはいろんな硬さの鉛筆を駆使して描くと言いますが、B一本です。鉛筆の硬さを変える度にそれに合わせて力を加減していくのが高北にとってはストレスなのだそうです。

B一本で色の調子も質感も描き分けているのです。
鉛筆をどれほどトキントキンに削れるかが重要、らしい。

回帰線(プルメリア)ー高北幸矢鉛筆画展2

南の国に行くとよく見かける花です。
これはベトナムで出会ったプルメリア。

花と葉の関係性は作家の創作なのかな。

今日のように極寒の日はプルメリアが元気に咲いている南国に身を置きたいなと言う切実な願望。

 

赤い小鳥くる(ジューンベリー)ー高北幸矢鉛筆画展2

「花気分」
花が咲いた先に実がなる。花の延長。
だと思ってください。

そうはいえこの実(ジューンベリー)は花のような存在感。
実物は何とも可憐な赤い実です。
花は白でこれも素敵ですが、実の赤のほうが好きという方もいらっしゃるでしょう。どちらもとてもチャーミングなんです。

食べられる実なので、実がなることも気持ちを豊かにしてくれるのですね。

 

 

青年よ(タイサンボク)ー高北幸矢鉛筆画展2

泰山木(タイサンボク)って知らないって言う方が案外多い。
大きな木なので花に気づかないこともありそう。
プリズムの前の歩道に街路樹として植えてあります。(プリズムより少し南になります)6,7月頃に花が咲きますので気にして見てください。

作家本人はこの絵はなかなかうまく描けたのだと、お気に入りです。
この木の葉、実は表と裏の質感がかなり違う。特に若葉の季節、表はツヤッツヤのピッカピカなんだけど、裏は毛羽立っています。

この花の思い出
高校の教室の廊下の外に泰山木があった。3回だったので背の高い木だったけど花が目の前に見えていた。(もしかしたら記憶違いかもしれない)みなさんがこの花を知らないと言われるとちょっと不思議な気がする。

 

青と紫のうたー高北幸矢鉛筆画展2

バックに細かい縦線が入っています。
グラフィックデザイナーが出発点の高北幸矢です。こういったデザイン的な要素がたまに入ってきます。

何十年も前の作品にはこういう構成が多用されていたのだけど、最近は随分少なくなってはきています。

デザイナー的作品が好きとおっしゃってくださる方もいらっしゃって、きっと本人もそういう要素の見直しをこれからはしていくのかとも思います。

こういうのちょっと前にはグラフィック処理と言ったものです。このブログを書くにあたって「グラフィック処理」と言う言葉を調べてみましたら、イマドキはその言葉コンピュータ用語なんですって。ちょっと気持ちがしらっとしました。ま、以前の「グラフィック処理」と言う言葉にも、「処理」って何?と思ったものです。切って捨てるような冷たさを感じていたで。
本題よりも長くなりましたが、そういう時の流れは好きになれないな。新しいことには新しい言葉を作ればいいのに。

通販しますー高北幸矢鉛筆画展2

たくさん作品はあります。100点出品されていますから。
それでもこの中で好きなのはと問われれば限られてきます。
そのうえこの1点がどうしても欲しいとなると、2番目ではだめなんですよね。100歩譲って1番2番は決めにくいのなら2番でもいいかとなるのですが、会期も進んでくると1番も2番も、3番すらないという状況がおきてきます。早く行くほうがいいのはわかっているけれど、いろんな事情があるものです。そもそも遠くて行けないってこともあるのですから。

今日は4日目まだまだ10日も会期は残っていますが、今日から取り置きと通販を始めます。

気になる作品がありましたら、メール(withsns.prism@gmail.com)かFacebookをご利用の方はMessengerでお知らせください。できるだけの対応をさせていただきます。是非遠慮なくお知らせください。

 

小さな絵ー高北幸矢鉛筆画展2

大きな絵を見せられれば大方の人が「大作だね!がんばったね。」と称賛します。小さな絵だったらどうかというと、残念ながらそういう「小さな絵で凄いね」とはまず言われない。

小さな絵って描くのがラクなの?
ラクなように少なくとも見える。
だけど描く側は決してそうは思っていません。
プリズムには「小さな絵の展覧会」という定番展がありますが、「あの展覧会のために気持ちを切り替えるの大変」はよく聞きます。100号なんていう大きな絵を描く洋画家の方にとってはまず手を動かすストロークを随分小さくするということをしなければいけません。体の使い方が違うってことなんです。
100号1点と5㎝角1点と、やっぱり同じとまでは言えないけれどアイデアを生み出すのはそれなりのエネルギーを費やさなければならない。

言い出したら切りがないほど、小さいからって決してラクなんかじゃないのです。

それでも小さい絵を大きい絵と同じ点数、いやそうは言わずに倍数の点数出したとしても「凄い」とは、多分言われません。
作家としてはそうは言われたくないので数で勝負ということになるのです。高北幸矢ではない別の作家も同じことを言っていたし、やってくださった。

じゃみんな大きな絵を描けばいい、と言うわけには簡単にいかない。だって小さな絵でなければ表現できないことがあるし、なによりも作家自身が小さな絵を描きたいと思っているのならそれはそれで、小さな絵を描かなければならない。

絵の大きさには意味がある。作家にとってその大きさで描かなければならなかった意味もあるのだということも観てほしい。

花を描くということー高北幸矢鉛筆画展2

花が描かれているということは誰にでもわかる。
花だということがわかればそれで充分なんだけど、観る人によっては花の向こうに画家の心を見てしまう人がいる。

画家は生身の人間なのだから、そこには何らかの喜怒哀楽があって、それは案外絵に素直に出てしまうものらしい。もちろんそんなもの観る側は観る側の喜怒哀楽で観ていい。観る側と描く側の喜怒哀楽がリンクするということが起きないとも限らない。ひとたび起きてしまったらそれはすごいエネルギーを産んでしまうのだろう。

だからといってせっかく「観る」のならエネルギーを起こさないといけないなんて思わなくていい。むしろ普通起きないもんなんだから、起きたとしたらそれは奇跡。

景色と一緒で「花」は何の思惑もなくただそこに咲く。
でも多くの人はそれを美しいと思うし、それが好きだと思っている。
ただ無心に楽しいと思って観ていただければ充分だと思う。

喜怒哀楽の奇跡のリンクが起きたとしたら、他人にとっては別にどってことないことでしかないけど、当人にとっては人生の分岐点にもなりうる。もちろん幸福度爆上がりのポイント。
絵を観るチャンスが多ければ多いほど奇跡の回数が増えることだけは確実なんだけどね。

X’MAS ARTIST SHOP 2025-最終日

「X’MAS ARTIST SHOP 2025」は本日(12月25日)最終日です。(午後7時まで)この展覧会の最終日ということだけでなく、ギャラリースペースプリズムの2025年の営業も今日が最終となります。
今年もたくさんみなさんからの応援で最終日を無事迎えることができました。心から感謝申し上げます。

2026年は1月4日(日)から「花気分ー高北幸矢鉛筆画展2」でスタートします。
初日1月4日午後4時からアーティストトークも開催します。是非お出かけください。

それではみなさんよいお正月をお迎えください。