
花が描かれているということは誰にでもわかる。
花だということがわかればそれで充分なんだけど、観る人によっては花の向こうに画家の心を見てしまう人がいる。
画家は生身の人間なのだから、そこには何らかの喜怒哀楽があって、それは案外絵に素直に出てしまうものらしい。もちろんそんなもの観る側は観る側の喜怒哀楽で観ていい。観る側と描く側の喜怒哀楽がリンクするということが起きないとも限らない。ひとたび起きてしまったらそれはすごいエネルギーを産んでしまうのだろう。
だからといってせっかく「観る」のならエネルギーを起こさないといけないなんて思わなくていい。むしろ普通起きないもんなんだから、起きたとしたらそれは奇跡。
景色と一緒で「花」は何の思惑もなくただそこに咲く。
でも多くの人はそれを美しいと思うし、それが好きだと思っている。
ただ無心に楽しいと思って観ていただければ充分だと思う。
喜怒哀楽の奇跡のリンクが起きたとしたら、他人にとっては別にどってことないことでしかないけど、当人にとっては人生の分岐点にもなりうる。もちろん幸福度爆上がりのポイント。
絵を観るチャンスが多ければ多いほど奇跡の回数が増えることだけは確実なんだけどね。









