あげる、すてるー倉中玲個展

ある時倉中玲さんは知人からあるものを譲りたいと言われた。

知人はどれほどそれが倉中さんにふさわしく自分には不要かということを説かれたと言います。

倉中さんにとってはそれほど魅力的ではなかったあるもの。

知人は倉中さんが遠慮しないように自分には不要だということを力説したのではないかと推察しますが、力説すればするほど「あげる」は「すてる」なのではないかという思いが湧いてきたそうです。

事程左様に人と人とは完璧に理解することはありえない。

人と人とにも「彼岸」と「此岸」がある。
この場合は仏教的な現世とあの世と言う意味ではなく、あの「彼岸」と言う作品にあった川で隔てられたあちらとこちらと思っていただくとよいかもしれません。

1つの事に対する理解。
「葡萄畑の天使」にもその場面がある。
「あげる」と「すてる」ではないけれど、それに当てはまる場面がある。

完璧な理解はありえないあちらとこちら。

さてどう考えたらいいのだろうか。

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